鈴木SONOKO式 ご飯ダイエット「やせたい人は食べなさい」
鈴木その子式ダイエット方が生まれた背景
日々快活に過ごしたい。
誰しもの願いで、そのためには健康体、日々の摂生にも気を配らなければならない。
前ページで鈴木その子氏のダイエット法を紹介しました。
このページでは、その子さんのダイエット方がどの様にして生まれたか、
その背景なども記述してみます。
それは、鈴木SONOKO式ダイエットには過食や拒食症を患っている人達を救いたい
というその子さんの切実な想いがしっかり込められているからです。
そして実際にSONOKO式ダイエットには大勢の人達が健康体を取り戻した
という実績があるのです。
ご飯・白米をしっかり食べながらダイエットを行うという方法は、その子さんのお母さんと
ご長男が大きな影響となっている事はご著書の内容から伺う事ができます。
お母さんとご長男はどの様な食生活問題を抱えてらしたのでしょうか?
美食、グルメ志向による動脈硬化
実母・末野さんはとても美食家だったそうです。
食べ歩きもよく行い、著名店のトンカツや鰻重を頻繁に食べに出かける。
150cm台半ばの身長で体重が80~90kgお有りだったそうです
からかなり太めのお身体でしょう。
その子さんは「母と向き合うと父よりも相当な巨漢に感じた」とも言われています。
お顔のむくみがひどい時は目もしっかりと見開けないような時もあったそうです。
お母さんは肥満体を改善するのに主治医の助言のもと、果物療法で、野菜や果物で
改善を図られていた様ですが、その子さんが進める白米ご飯ダイエットは実践され
なかったそうです。
「ご飯は太る、、、」御年代のせいでしょうか、それとも当時流布されていたご飯=糖尿病
のもと 説でしょうか、お母さんは結局その子さんの勧めるご飯ダイエットは試みないまま
に亡くなられています。
一番身近に最高のダイエット指南者がいるのに、実践されない。
その子さんからすると実の母が自分の実績十分なダイエット法を実践してくれない
事態はとてももどかしさを感じた事でしょう。
そして、ご長男も食事に関する問題を抱えてらしたのです。
重度の拒食症・過食症 摂食障害
ご長男の康之(やすし)さんは、身長170cm台後半、スリムジーンズが似合う
体系で、イギリス留学経験もされていた事から、爽やかな好青年の様子を彷彿とさせます。
その康之さんがいつの頃からか重度の摂食障害に陥り、ある時からピタリと心を閉ざし、
周囲の意見に耳を貸さなくなったそうです。その子さんはこの時期の事を「私が無理にでも
息子の心理的領域に踏み込んで改心させようとすれば、双方の間で相当激しい争いが
生じただろう。私にできる事は息子の体調、心境に配慮した質素な料理を準備して彼の
心境の変化を待つ事だけだった。」と述懐されています。
しかしある時、最悪の出来事が起こってしまいます。
康之さんが住んでいたマンションを訪問した知人が談笑を終え、帰宅のためマンションを
出た際、見送りの挨拶を送ろうとベランダに出た康之さんはそこで強度の貧血症状を起こし転落、
落命されてしまったのです。
雨が降っていて足元が滑りやすくなっていた事、ベランダの手すりが低めの設置に
なっていた事、他にも諸条件が全て重なり最悪の出来事が起きたと、その子さんは言います。
この出来事からしばらくの間、その子さんは日々の業務はこなしていたものの、心ここに在らず
の心境でまるで身が入らなかったといわれます。
そしてある日、自身の乗車していた車が高速道路を走行中、ドアノブに手を掛け降車しよう
としている自分に気が付いてハッと我に返り、「死んではならない。生きなければ、、、」
と悟られたのです。
幸い、ドアはロックのおかげで開きませんでしたが、その子さんの書籍や
SONOKO式ご飯ダイエットは、こうした最愛の身内の死、ご自身の厳しい葛藤など
を経て出来上がっています。
ご長男の死は「著述しない」との意向だった様ですが、メディアの憶測などの記事に
憤りを抑えられなかったのでしょう、書籍の中でその点については記述されています。
その子さんの時代を振り返ると、例えば昭和36年頃にはアメリカの小麦を大量に
輸入する計画が上がり、子供達の給食もパンと牛乳に変化しました。
大学教授の中には「米を食うとバカになる」と、露骨に米を
蔑ろにした書籍を発刊した方もいます。
「やせたい人は食べなさい」の発刊は昭和55年、アメリカの小麦戦略が浸透し、
米食を奨励したその子さんの自説は疎ましく思われたのでしょう。
パン食が広まるのはまだしも、それに連れて伝統の米食が悪視され誤ったダイエット方法
まで流布され、それを実践する人達が増えてゆく事は料理美容研究家のその子さんにとって
容認し難かったはずです。実母は米を恐れて口にせず、ご長男は拒食に陥り命を落とされた
からです。拒食は限界を迎えて食を一旦口にすると今度は反動で過食が始まり、その後拒食と
過食を反復する症例が非常に多いそうです。
その子さんの解説では、体の機能(脳からの指令など)が狂っていると自分の意思とは
裏腹に「もう充分」という食欲のストップが効かなくなり、際限無く欲しがる、食べたがる
様になっているのです。
いわゆる 過食・拒食、摂食障害です。
酷い症例は「吐く」。これが常態化した場合はまずは体の機能を正常に戻すべく食事内容を
見直し、食事時間を規則正しく設定し、正常な体の機能回復を図らねばなりません。
「生きなければ」と決意を新たにされたその子さんはそれ以後、拒食・過食に
苛まれている人達を救うべく各地で講演をされ、大勢の人達が摂食障害を克服して
健康体になり、その感謝の気持ちを綴った手紙が膨大な量その子さんの部屋には
保管されていたそうです。
「拒食・過食を克服し、元気で過ごしている、との便りを読む事が私の最高の喜びなのです。」
その子さんが他界されてから20年以上が経過し、国内は今主食のお米が外国産米に
移行してゆく可能性を抱えています。2026年産新米が去年の米不足とは変わって市場に
ダブつきの報道が見られますが、この状況があっという間に変化して再度米騒動に至る
可能性はまだ続いているはずです。
国内米農家全体の内結構な割合を占める中小米農家の方々が離農されてしまった場合、
「本当に米がない」という状況が再度起こる可能性は高い。
外国の例として、メキシコの人々にとって主食であるトウモロコシがどの様な状況に至ったか
を日本はよく洞察しておくべきだと思います。
永い時間をかけて日本人の体を創ってきた主食のお米、このお米の力と効果を注視し、
時代の風潮にも誤魔化されず、安全に大勢の過食症・拒食症に囚われた人達を救ってきた
食事療法が鈴木SONOKO式ご飯ダイエットなのです。
次のページでもその子さんが提唱したご飯ダイエットをさらに詳しく観てみます。


