鈴木荘能子(その子)さん、SONOKO創業者・美白の女王のお人柄や提唱した食事法と美容哲学
料理・美容研究家、鈴木その子さんとはどういった方であったか
食生活が豊富な現代はありがたい環境(一方で日本の食糧自給率は危機的な水準)ですが、
そのせいで食事量を適切にコントロールする術(スベ)がますます必要になっています。
和食に洋食に中華、その他世界各国の料理に超加工食品、つい食べ過ぎてしまうんですね。
そんな環境の中、適正体重の維持、ダイエット・減量はやはり多くの人の関心事になっています。
前ページでマンジャロと呼ばれる製薬を減量目的で利用するのは危険である点を注意喚起しました。
最近は減量効果を謳ったドリンクなども宣伝されていますが、人体に安全で本当にその人の体に
健康と適正体重をもたらすには、日々の食事から達成することが最も力強い健康と減量効果を
もたらすはずです。
体を芯から創り変えることになるからです。
やせたい人は食べなさい 出版 ミリオンセラーに
その、食事から真に健康体を創る、適正体重を達成する事を
提唱されたのが鈴木その子さんです。
その子さんは1932年のお生まれ、そして2000年に68歳で他界されていますので、
亡くなられてからすでに26年が経過している事になります。
彼女の名が世間に知られる様になったのは昭和55年に出版された書籍「やせたい人は食べなさい」
が大きなきっかけになっている事でしょう。この一見矛盾したかの様に見える題名のこの本は
ミリオンセラーとなり、後年「新・やせたい人は食べなさい」となって改訂版が出版されています。
このページでは鈴木その子さんがどんなお人柄であったのか、料理や食事に対しどんな哲学を
お持ちだったのか、彼女のご著書の中から逸話や興味深い経緯を大まかに綴ってみます。
幼少期にすでに一般的な料理は自分で作っていた
鈴木その子さんのご実家はとても裕福な家庭だった様です。
台所ではお手伝いの女中さん達が調理仕込みをされていて、その台所が子供時代の遊び場
だったといいます。女中さん達に遊んでもらう、というより実際に自分が料理を作り、5歳の頃には
すでに一般的な料理は自分で作れる様になっていて(これビックリ)、来客の人達があれば好みを
聞いてそれに見合った料理を提供し、「おいしい!」と言われることが何よりも嬉しかったと
述懐されています。
5歳にしてすでに、と聞くと生粋の料理人で在られた事を感じます。
そしてお父さんも休日になると台所でその子さんに調理知識・醸造や発酵の工程を教え、
「こうした経緯を経てこの様な状態に至る」と分析的に解説してくれたそうです。
こうした原因・工程・結果という化学的なはっきりと誰にもわかる解析方法にもとても惹かれ、
それは後の自身の料理調理方の重要な基礎になった事も述べられています。
大根や人参、様々な野菜や食材が調理を経て良い香りのお料理に変化してゆく様は魔法のように
思えて台所ではいつもワクワクしていた、そしてそれらの知識から小学生時代には自分で味噌・醤油を
創生していたとも言われます。
ご著書の中でも「私の料理は私にしか作れない」と言及されている箇所があるのですが、
これは誇張や傲慢ではなく、その子さんの料理には栄養学や調理の過程で起きる食材の変化、
健康への影響、こうしたものが内包されていて、総合的に考えると、3年や5年で習得できる
ものではない、実践も経て身につく調理知識を考えるとさらに時間が必要で「私にしか作れない」
との静かな自負心がおありだった様に感じるのです。
そして常に、既存の料理ではなく「私の独創・オリジナルによる料理を」
と意識していたとも言われます。
現実面では上述の様に幼い頃から料理人としての才能を体現されていました。
思想面でのエピソードとしては幼少時の出来事として次の様な逸話もあります。
その子さんのお母さんは社交家であったようで、その日はある宗教団体の関係者の方が
自宅に訪問されていて宅内で宗教談義をされていた中、その場に居合わせたまだ子供のその子さんが、
「神様にお願いしても願いは叶わない」といった内容を発言したらしく、その後、親から発言を
強く叱責されたようです。
早くから台所で行動していたその子さんは幼少期の不注意から危うく大火事になる
ような出来事も体験されていて、その際に火が小さくなるように祈ってみても火は収まらない、
子供心にもそんなどこか冷めた現実思考が芽生えていた、といった心境も述懐されています。
ただこれは、彼女が不思議な説明のつかない力を全く信じない人だったというわけではありません。
祈りをなし、神頼みに終始して自らは行動しないことを彼女は嫌ったのです。
成人し、多くの人達と交流して社会活動をしてゆく中で、不思議にもその都度自分を
助けてくれる、支援してくれる人達が現れてくることにありがたいご縁、絆を感じていた事も
語られており、現代科学では測定できない大いなる力がこの世の中には存在するとも
述べられています。
「私は無神論かもしれないが、何億年と続いてきた生命の営み・
継続に深い畏敬の念を抱いている」
これはその子さんのご著書の中の一文です。
彼女の書籍を読んでいると、その子さん自身はそのような不思議な 神計らい を
感じ取る能力をお持ちだったようにも感じます。
現代の科学では測定できない不思議なパワーの表現として「幸せをよぶダイエット・
(鈴木その子のタリズマンパワー)」といった書籍も発刊されています。
若い頃、大学で栄養学を学ばれる
幼少期から調理の才能を発揮していたその子さんはその後、大学で栄養学を学ばれますが、
この大学時代の学びにはあまり満足感を感じていなかったようで、学問的に食材の栄養成分を
分析するのは良いとしても、もっと根源的なもの、例えばなぜこの食材が人体に対しこのような
効果を有しているのか、といった疑問に答えてくれるような、そんな内容ではなかったため、
大学で学ぶ栄養学では飽き足らない思いを感じてらしたようです。
そんな思いがあったせいか、後年その子さんは動物園に通い、飼育員さんにも尋ねて
動物の餌を熱心に調べて回ったことも回顧されています。
動物達は誰に教わるでもなく本能で自分の必要とする餌を摂取している、肥満体もない。
野生の動物と動物園の動物では環境が違うので一概に比較はできないとも思えますが、
その子さんはこうした観点からも食材を考察されています。(この動物の餌の探究に
ついてはご長男の康之さんが強く関与していることが伺えますが、この点についてはまた
別ページで詳しく記述してみます。)
銀座にレストラン「トキノ」を開店
幼少の頃から料理人として才能を発揮し、学問的にも大学で栄養学などを学んで後に
ご結婚もされ、さらに後年、天命だったのでしょうか、ご家族に負担をかけないなど
の約束事で身内の同意を得たその子さんは1974年、銀座に自身のレストラン「トキノ」
をオープンされています。
トキノ、とは「時の、今という時に必要な」という命名だそうです。
そこから書籍出版、「やせたい人は食べなさい」 がミリオンセラーとなり、後年、
「新・やせたい人は食べなさい」 がベストセラー、著名人となりメディアからも
注視されTV番組出演などもされる様になるのですが、2000年に68歳という若さで
他界されました。
その子さんの創業されたトキノ商事は現在も 株式会社 SONOKO と社名を変え、
銀座の地で店舗も運営されています。SONOKO社のスタッフは皆、鈴木その子氏の信念や
矜持を受け継がれている事でしょう。
鈴木その子式「ご飯ダイエット」
極大まかにですが、鈴木その子氏のエピソードなどを記述しました。
彼女が著述した書籍集は今一度読み返される価値があると感じます。
その子さんの名を一躍著名人にした前述の書籍「やせたい人は食べなさい」では
題名の通り、白米をしっかり「食べる」事が提唱されています。
この書籍が初出版されたのは昭和55年、振り返ると戦後日本が国も企業も
多くが小麦のパン食を奨励し、医者や教授といった立派な肩書きを持つ方々の中にも
パン食を提唱する方達が多い風潮の中、その子さんは白米主食で減量・健康体を創る
事を提唱されました。
時代の風潮に逆らって白米食を提唱することは相当な重圧を感じた、医師でも
学者でもない市井の極一般的な主婦である自分の主張が如何程の力を持つか、
世の大きな流れには抗えないだろう、そんな想いも吐露されながら 鈴木式ご飯ダイエット
を世に提唱されたのは、そうせずには居れない心境がお有りだったのだと思います。
それは、その子さんのご長男が強度の拒食・摂食障害が原因の事故で亡くなられ、
実母は対照的に美食・グルメ志向による動脈硬化で亡くなられているからです。
その子さんのお生まれは1932年、ですので日本が終戦を迎え、その後高度成長期を
経て豊かになってゆく時代を実体験されて来ています。料理研究家ですから当然、日本人の
食生活が終戦後から非常に大きな変化を経て来たことを備に観られています。
子供の給食はパンになり、立派な肩書きの学者の中にも「ご飯は太る」「糖尿病の元」
などの言説を唱える方がみられました。
その子さんの自説によればこれらは日本人の主食であるコメを悪者に仕立て上げる
法螺であり、ご飯はその人に適した量であれば太らない、日本人にとって最良のエネルギー源
であると言われます。
そして豊かになった食生活から発生した肥満問題、そこから誤ったダイエット方法の流布など、
ご家族が食生活が原因で亡くなられたその子さんには世の風潮に憤りを抑える事ができなかった
のだと思われます。
「気」という字は昔は「氣」と内に米が書かれていました。
私の個人的な解釈ですが、氣力、氣迫、氣合い、これは日本人の場合、活力の源には
お米が大きな原動力になっていた証ではないか、と感じます。
医学的な見解はともかく、日本は主食のお米がもう非常に危うい状況にある事は去年の
米騒動で明らかになっています。2026年、コメの育成が順調で去年産より今年の早期
新米の方が安い状況が見られましたが、この状況はいつ崩れ去るかわかりません。
国が、農政がしっかりコメ農家を保護する政策を示さない限り、離農が進んで国産米が
アメリカ産のカリフォルニア米に変わられる可能性は未だ続いているからです。
このページでは健全なダイエット方として鈴木その子さんのご飯ダイエットを記述しました。
鈴木式ご飯ダイエットでは、大勢の拒食症や過食に陥った方々を安全に健康体、適正体重へと
回復させて来た膨大なデータがすでに実証されています。
次のページでは、その子さんのご飯ダイエットを詳しく見て、ご長男やお母さんが
どの様な食事問題を抱えておられたのかを記述してみます。


