種子法・種苗法とは 育成者権とは
野菜や果樹のタネ・苗木は誰のものか 在来種・固定種やF1品種など
日本人の主食であるお米の不足が起こり、価格が高騰化して備蓄米の
放出がなされましたが、これをきっかけに日本の食料自給率や食糧問題に
ついて意識を向けておくことが大事だと感じます。
私たちの身近にある野菜や果物、こうした自然界の植物は単純に考えると
本来人類共有の資産だと思えますが、その種から新たに開発された品種・
新種は現実社会ではどのように認識されているのでしょうか。
ここでは食糧、野菜や果樹の種は法律的にどの様な制定がなされている
のかを考えてみます。
まず題名にあげた種子法ですが、これは正式名が 主要農作物種子法 とあり、
目的として、米、麦、大豆などの主要な農作物について良質な種子を安定的に
生産・供給することを国や都道府県の責任とする、とし、特徴として国や都道府県が
公的に優良な種子を生産・管理し、民間企業よりも「公的種子」に重きを置いた
制度です。
この種子法は2018年 4月1日に廃止に至りました。
廃止の理由や背景は、民間企業の参入を促し、品種改良の競争を促す事が
主な理由とされています。
そして種苗法ですが、こちらの目的は農作物の新たな品種を開発した育成者の
権利(品種登録・知的財産)を保護し、農業の発展に寄与する事、とされ、
新しい品種を開発した人(企業や研究機関など)に育成者権を付与し、登録された
品種を育成者に無断で増殖・販売することは禁止(特許のような扱い)とし、
海外流出を防止するためとして2020年には改正されて自家増殖(タネの採取)の
制限が強化されました。
この種苗法は注視しておきたいところです。
この法により、農家が自家の農場で栽培して収穫した農作物から種を採取する・
そのタネを植えて新たに作物を栽培するという従来の行為が違反行為に当たる
可能性も出てきます。

できるだけわかりやすく例を挙げながら禁止になるケースとならない
ケースを考えてみます。
従来は農家の方々は自家で栽培した農作物から種を採取し、そのタネを
再度植えて栽培を繰り返す形態で年々栽培・収穫を繰り返してきていること
でしょう。こうして繰り返し地元や地域で栽培されてきた品種を在来種・固定種と
呼びます。長年の繰り返しにより、在来種は地元の環境に適したある程度安定感の
ある品種と言えます。
これとは別にF1品種と呼ばれる種があります。
このF1品種のタネは、形や性質の異なる種類の間で交配をして作られています。
その目的は、交雑種であるタネは 雑種強勢 という性質により、親作物より
良い形や品質が現れる性質があるのです。
この性質は初代には現れますが、2代目からその性質が発露するかは不確実で、
初代の実から採取したタネを植えて栽培しても多くは不揃い、あるいは育成不純に
なるリスクがあるため、商業用に用いる事ができず、そのつど種苗業者からタネを
購入する事になります。
現在はこのF1品種を栽培する形態が主流になってきている様です。
F1品種の初代成果から採種したタネはリスクがあるので利用できず、在来種・固定種の
タネは採種・栽培しても違反行為にはなりませんが、これらの他に登録品種と呼ばれる
農林水産省の品種登録簿に登録された品種があり、これを登録者(育成者)に無断で採種・
栽培を行うと違法行為に該当します。
近年見られた育成者に無断での栽培行為はいちごのレッドパールがあります。
レッドパールに関しては日本と韓国の間で訴訟問題となりました。
当時既にメディアでも報道がなされましたので周知の事実ですが、
この日韓の間で起きたイチゴの種苗問題について改めて詳しく考えてみます。
品種登録の要件や詳細
苺のレッドパールは最初に日本で品種登録がなされた品種です。

レッドパールは愛媛県のイチゴ農家の西田朝美氏が
約6年間を費やして開発し、1993年に品種登録がなされています。
この品種登録の条件、要件を見てみましょう。
要件は以下の条文となっています。
- 区別性:出願前に公然と知られている他の品種と、特性の全部または
一部によって明確に区別できること。重要な形質(形状、品質、耐病性など)
で区別できる必要があります。 - 均一性:同一の繁殖段階にある植物体のすべてが、特性の全部において
十分に類似していること。 - 安定性:繰り返し繁殖させた後も、特性の全部が変化しないこと。
- 未譲渡性:出願日より前に、出願品種の種苗または収穫物を業として
譲渡していないこと。国内では出願日から1年前、国外では4年前(永年性
植物は6年前)まで遡って譲渡の有無が判断されます。 - 名称の適切性:品種の名称が既存の品種や登録商標と紛らわしくないこと。
これらの要件を満たし、農林水産省に願書を提出することで、品種登録を
受けることができます。品種登録されると、育成者は育成者権を取得し、
登録品種を優先的に利用することができます。
ではなぜ、日本で登録要件を完了していたレッドパールが韓国との間で
育成者権問題を発生させてしまったのか。これは、育成者権を主張するには、
主張するその国においても品種登録を完了させておく必要があるためです。
レッドパールは韓国での品種登録を済ませていなかった。植物品種の保護は
「UPOV条約」という国際条約に基づいて保護されています。
この条約に加盟している国(日本、韓国、中国など)は
以下のようなルールを定めています。
・各国で独立した登録制度を持つ。
・日本で登録していても、韓国や中国で登録されていなければ
その国で保護主張できない。
・未登録の場合、第三者がその品種を育成者として登録できる可能性がある。
上記のような条文があるため、法的には「最初にその国で登録した者」が
育成者として認められてしまうこともあるようです。ただし、認定される可能性が
あるとはいえ、時系列から検証して最初に登録した育成者が正当な育成者である、
との認識に至るとは思います。
当時、韓国でレッドパールが未登録である点に付け入り、このイチゴを別名で
品種登録して生産・販売権を得たグループが現れていたようです。このグループは
その後権利を剥奪される処遇を韓国内で受けたようです。
もう少し経緯を詳しく観ると、このイチゴは1990年代後半に韓国人の
農業研究者とされる金重吉氏が、育成者権を持つ西田朝美氏と個別に契約し、
他では決して栽培させないという条件でレッドパールの使用権の許諾を受けた。
しかし金氏の品種管理が甘かったせいか、種苗が他所へ流出し、金氏より先に他者が
別名称(ユクボ)で韓国内でこのイチゴの品種登録を行った。2000年代前半には
レッドパールが韓国イチゴ品種のかなりの部分を占め、韓国から日本に逆輸出される
事態まで起きた。こうした事情から西田氏・日本政府と金氏・韓国政府の間で交渉
(年間3億4000万という使用料と輸出の禁止)が試みられたが、
交渉は成立しなかった。
現在の韓国のイチゴ界はレッドパールを親とする品種「ソルヒャン」が育成され、
この品種が大半を占める状態になっている。
大まかに記すとこうした経緯を辿ってきたようです。
西田氏は何度も韓国へ渡り、各地で品種育成を指導もされていたようなので、
その間に韓国で無許可で種苗が広まっている様子は察知されていたと思われます。
氏も早々に厳格な法的措置を講じなかったマイナス面があったのでしょうか。
金氏も西田氏の許諾を受けてから韓国で品種登録出願(記録では
1999年8月31日~2006年5月15日、出願人・金重吉)を行っていますが、
自国で自分以外に種苗が外部へ出回っていることを当然把握していたと思われます。
迅速に法的措置を講じるべきであったと思いますが、この点に関して後年に金氏は
「どういうわけか自分より先に品種登録を試みた者達がいたようだ」と述懐しています。
記録から判るように金氏の出願から登録が認定されるまでに約7年の時間がかかった事が
伺えます。これほど時間を要するのはどうも異例のようで、しかもまだ金氏が出願期間中
である2002年に21名(個人名や企業名も有り)ものレッドパールの種苗の生産・
販売権を得た者達がいた。これは前述のように、金氏より先にレッドパールをユクボの
名称で登録を行ったグループがあったからです。一個人ではなく複数で登録を行っています。
それ以外にも非常に早い時期(1998年)に、忠清南道農業技術院・イチゴ研究所が
レッドパールを用いて後に韓国イチゴ業界の主流になる「ソルヒャン」の開発を開始しており、
誕生したソルヒャンは2006年に韓国で品種登録がなされています。
金氏の認定に7年もの時間を要し、研究所にまで種苗が持ち込まれていた点などを
振り返ると、西田氏と金氏の品種管理問題以外にも、韓国のいちご業界にこの品種を
めぐる様々な思惑が交錯していたことを感じます。
ルーズな管理の反作用か、後に日本と韓国間で交渉が行われ、この時(2006年)に
ようやく金氏の出願が認定され、ユクボで登録・販売権を得ていたグループは権利を
剥奪され、代わりに金氏に権限が付与されています。
両氏の品種、育成者権を守るという認識が甘かった面はあるでしょうが、
法の隙を狙う考えの者達もまた多かったのではないでしょうか。
シャインマスカットの育成者権
イチゴの他に、ブドウの品種登録の例も観てみます。
葡萄ではシャインマスカットという品種があり、これは日本の農研機構
(食品産業技術総合研究機構)によって開発され、2006年に品種登録、
育成者(農研機構)の設定がなされています。

品種問題で報道もあったので周知もされていると思います。
こちらも外国での品種登録を済ませていなかったため、育成者権を主張できなく
なる事態になりました。このぶどうは日本で品種登録後6年が経過しても海外での
登録をしなかったため、2012年にUPOV条約により優先権主張ができなく
なっています。
前述のイチゴは韓国との間で訴訟・交渉問題にまで至りましたが、このぶどうは
訴訟に至った事態はないようです。韓国では日本の品種名のままの「シャインマスカット」
との名称で、デギョンぶどう接木苗営農組合法人から2014年に品種登録出願が出され、
同年に受理されています。
韓国内ではこの営農組合が育成者認定を受けているようですが、
自社では栽培を行っておらず、他社に許諾を付与して苗木生産を
託しているようです。
種苗の権限が 公 から民間の企業や会社へ
イチゴやブドウの品種登録の例を観て来ました。
現在は種子法が廃止され、種苗法は改正されて施行中です。
この動向からすると、政府は農業において種苗の権限を今までの公的状態から
民間の企業や会社へと移行させてゆく方針のようです。品種登録されたイチゴや
ブドウが他国に無断で栽培されたので品種を守らねばならない、との理由で種苗法を
改正し、登録品種の自家採種を原則禁止にしましたが、これは効果が無いはずです。
シャインマスカットの例を観てもわかるように、品種を守るには現地での品種登録・
商標登録を済ませておかないと取り締まる事ができません。
種苗法改正により農家の方達の自家採種・増殖を原則禁止にした真の目的は
種の知財権強化による企業利益の増大である、という点は識者の方々も指摘されて
います。アメリカの多国籍企業のモンサント社(現バイエル社)などは、除草剤と
農作物のタネをセットで開発・販売して市場を大きく寡占してきたとされます。
現在は国内で主な野菜のタネはほとんどがF1品種による栽培とされ、
前述のようにF1品種は2代目からは形成不純などのリスクを孕んでいるため
自家採種・増殖には用いられず、タネはその都度購入する形態になっています。
この「タネはその都度購入する」という農業形態を行政は目指しているかに思えます。
食糧問題に関する情報に目を通していると、「種を制するものは世界を制する」との
フレーズを最近よく見かけるように感じます。例に挙げたモンサント社は実際にこれを
実行してきたかに見え、強引な種苗販売をしいたようですが、これが中南米の国々で
猛反発を受け、インドでも相当な反発を受けています。
インドの例を観てみます。
1990年代にモンサント社がBt綿と呼ばれる遺伝子組み換え綿花を開発しました。
これは特定の害虫を駆除(殺虫)するタンパク質、クリスタル毒素の遺伝子を組み込んだ
綿花で、世界的に普及し、2002年にモンサント社とインドの企業(マヒコ社)が
合弁で商業栽培を開始しました。
当初は綿花の収穫量も増え、農薬削減の効果も見られましたが、
次第に害虫の耐性化が進み、種子の高額化、モンサント社の特許権の主張(自家採種禁止)
などが反対運動を招いたようです。
2000年代以降、インドの綿花農家は毎年種子を購入せざるを得ない形態が
固定化し、農家の経済負担が深刻化し、インド国内ではモンサント社の特許を
認めないという判決まで出たようです。
種子企業が資金と時間を費やして遺伝子やゲノムを解明、組み替えや編集を
行ってその新種の特許を主張する姿勢は解ら無くもありませんが、そもそも人類共通の
資産である植物や生物の遺伝子を勝手に改変、編集する事が許されるのか、といった
倫理的疑問も残ります。
タネの無断利用・自家採種を防ぐ目的で1990年代後半には米国のデルタ・アンド・
パインランド社と米農務省(USDA)がターミネーター技術の特許を取得しています。
これにモンサント社が関与し、技術の商用化が懸念されました。
この技術は、種子を残さない、あるいは収穫された種子が発芽できないように
遺伝子改変された状態になっています。タネ、知的財産権を守るためとはいえ、
企業がここまで自然界の構造に手を入れて良いのか、怖い技術です。この技術は国連でも
問題視され、商業化モラトリアム(事実上の国際禁止)が決議されていますが、
研究は続けられていることでしょう。
インド政府は農家保護のため、ターミネーター技術の禁止、種子価格の規制、
自家採種権を部分的に認める制度を導入しています。
諸外国がこのように自国の食糧、種子問題で国民を守るため独占に反発を起こして
いるのに比べると、日本の指針は巨大種子企業の販売形態に追従する姿勢に見えます。
今後台頭してくるかもしれないゲノム編集食品も種子企業が特許を取得している
はずですので、その食品の販売には特許料への支払いが含まれていることでしょう。
遺伝子組み換え食品もゲノム編集食品も安全性は非常に心許ない状態のはずです。
しかし、私たちの日常生活の食品の中には直にではなくとも加工食品などの
形態で遺伝子組み換え食品などが流入してきています。消費者も食品の実態を知り、
危険な食品を避ける姿勢が求められています。
種苗法で野菜や果物の根元であるタネが
どの様に認定されているのかを観てきました。
品種改良、新品種誕生で品種登録を行い、育成者の権限を保護する
事は重要で、これがないと品種開発の意欲が萎えてしまいます。
しかし種子企業の特許権の主張、タネの独占欲はその範疇を
逸脱している様に思えてなりません。
特許権を主張するそのタネの元々は在来種がベースになっているからです。
国連食糧農業機関には、「食料・農業植物遺伝資源条約」があり、
日本はこの条約に2013年に加入しています。
国の農業政策・指針が国内の農家の方々の基本的な権限を保護する事が期待されます。
