鳥インフルエンザの感染経路と発生原因、 防疫体制 鶏肉・卵・人への影響
2025年秋、北海道で発生した高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)は、
単なる一過性の「畜産被害」ではありませんでした。

その背景には、自然と人間のあいだに広がる見えない感染経路、
そして防疫現場での日夜を問わぬ努力があります。
本稿では、前ページに引き続き鳥インフルエンザの感染経路と発生原因、
さらに防疫体制の実際について、科学的根拠と現場の実情をもとに記述してみます。
鳥インフルエンザの主な感染経路
鳥インフルエンザウイルスは、主に渡り鳥の糞便によって環境中に放出されます。
このウイルスは低温下でも長期間生存するため、秋から春にかけて感染リスクが
高まります。
1. 渡り鳥由来の環境汚染:湖沼や水田、飼料水源への糞便混入が感染の起点と
なります。
2. 人や物を介した移動:靴底、車両、飼料袋、ケージなどを通じてウイルスが
鶏舎内に持ち込まれることがあります。
3. 野生動物による媒介:カラス、ネズミ、タヌキなどが、感染鶏舎周辺に侵入し、
間接的にウイルスを拡散させます。
これらの経路は互いに重なり合い、単独で防ぎきることは困難です。
とくに風媒や雨水による飛散も確認されており、わずかな油断が全群感染につながる
危険があります。
発生原因と環境要因——気候変動と人の動線
鳥インフルエンザの発生が集中するのは、秋から冬にかけてです。
これはシベリアから南下する渡り鳥が、日本列島に飛来する時期と重なります。
地球温暖化の影響により、渡り鳥の飛来ルートや越冬地が変化し、感染リスク地域も
拡大していると考えられます。
加えて、近年は大規模養鶏場が増え、鶏舎密度の上昇がウイルスの拡散を助長する
要因となっています。
環境省の報告書によれば、2024~2025年シーズンの国内感染件数は、過去10年で
最多水準に達しました。
(出典:環境省「鳥インフルエンザに関する情報」)
防疫体制——“72時間の攻防戦”
感染確認後、最も重要なのは「スピード」です。
家畜伝染病予防法に基づき、感染農場では次のような防疫体制が直ちに敷かれます。
- 発生通報と現場封鎖:農場主から自治体へ通報、速やかに半径3kmの移動制限区域を設定。
- 殺処分の実施:感染個体を含む全群を72時間以内に処分。
- 埋却・焼却・消毒:ウイルス残存を完全に防ぐため、埋却または焼却を実施。
- サーベイランス検査:周辺農場に対し、鶏・糞便・水などのウイルス検査を実施。
- 防疫区域の解除:最後の陽性確認から90~180日後、陰性が続けば解除。

現場では、防護服を着用した作業員や自衛隊員が徹夜で作業にあたります。
感染農場の飼養者にとっては、長年育てた鶏を自ら処分しなければならない精神的苦痛
も大きく、「心の防疫」も課題とされています。
“鳥たちを守ることは、人を守ること。”
この言葉を胸に、全国の防疫体制は今も進化を続けています。
人への感染は極めてまれ——科学的根拠に基づく安心
「感染した鶏や卵を食べても大丈夫なの?」
北海道での発生報道後、そんな不安の声が多く聞かれました。
結論から言えば、適切に加熱調理された鶏肉や卵を食べて感染することはありません。
ここでは、鳥インフルエンザの人への感染リスク、食品安全性、そして消費者が
知っておくべきポイントを整理します。
鳥インフルエンザは基本的に鳥から鳥への感染症です。
人への感染は極めてまれで、WHO(世界保健機関)によると、感染者の多くは海外で
生きた鳥との濃厚接触をしたケースです。
日本国内では、これまでヒト感染例は報告されていません。
また、感染した鶏肉や卵が市場に出回ることはほぼあり得ません。発生農場ではすべて
防疫措置で廃棄されます。
(参考:WHO「Avian influenza (Bird flu)」)
加熱調理でウイルスは死滅
鳥インフルエンザウイルスは熱に弱く、中心温度70℃以上で1分間加熱すれば完全に
死滅します。 家庭での調理でも、焼く・煮る・揚げるなど通常の加熱工程で十分です。
厚生労働省も、次のように公式発表しています:
「加熱した鶏肉や卵を食べることによって、鳥インフルエンザウイルスに
感染することはありません。」
(引用元:厚生労働省:鳥インフルエンザに関するQ&A)
卵の取り扱いと衛生面のポイント
未加熱の卵を扱う際は、サルモネラ菌対策と同様に以下の点に注意すれば安全です。
- 割った卵はすぐ調理する
- 生卵は新鮮なうちに食べる
- 調理器具や手指を清潔に保つ
- 加熱料理は中心温度70℃を目安に
感染が発生しても、検査を経て市場に流通する卵は全て陰性確認済みです。
そのため、消費者が感染卵を手に取る可能性は考え難いようです。
風評被害を防ぐために——正しい理解と支援の輪を
鳥インフルエンザが発生すると、風評被害によって養鶏農家が経済的に
大きな打撃を受けます。
感染は自然由来であり、農家の努力不足とは言えない面もあります。
再建には時間とコストがかかりますが、地域や行政の支援により、
少しずつ鶏舎に命が戻ります。
「正しく知ること」こそが、生産者と消費者をつなぐ最も大切な防疫なのです。
“恐れるより、支える。”
その姿勢が、未来の食の安全を守る力になります。
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